裏 ジャーナル

テレビでは報道されない真実。インターネットで暴露します

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

開戦を避けようとした天皇

昭和天皇天皇が戦争放棄を宣言したといっても、
もとはといえば戦争が始まったのは天皇が認めたからではないか、
と批判する人もいます。

そのために天皇の戦争責任を追及する主張が今でも開かれます。

しかし、事実を丹念に調べれば、天皇がいかに開戦に否定的で、
なんとかして戦争を避けようとしていた、ということがわかると思います。

開戦をさけるために東条英機を首相にしたという話もあります。東条英機東条英機は、太平洋戦争を引き起こした悪の権化のように思われていますが、実は、天皇に絶対的忠誠を誓う官僚タイプの人間でした。

その真っ直ぐさ故に、軍人の東条であれば、軍部を抑えられるかも知れないという周囲の期待がありました。
その期待に応える形で、緊迫した国際状況からだれもなり手がなかった首相の仕事を引き受けたのです。

そして、日本の戦争責任を一身に背負ってこの世を去りました。

東条も、やはり開戦を避けるために必死になって東奔西走していたことが、
歴史を紐解くことではっきりします。

開戦しか道がなくなった時、
東条は青ざめて天皇の前に進み出たといいます。

申し開きのしようがなかったためです。

大日本帝国憲法には確かに、

「天皇ハ陸海軍を統帥ス」

とあります。

統帥権が天皇にあるかのように書かれていますが、
事実上の統帥権は軍部にありました。

天皇は文字通り「君臨すれども統治せず」
という状態に近かったのです。

軍部はこの条文を勝手に解釈し、
「天皇が統帥するのであるから統帥権は政府から独立したものである」とし、政府が一切口出しできない「聖域」としていました。

これによって、議会制民主主義は完全に無視され、
軍部の行動に対して歯止めがきかなくなってしまったのです。

日本は日中戦争開戦から太平洋戦争終結までの約8年間で
310万人、広島、長崎の原爆で30万人もの人が犠牲になり、
日本全土をおそったじゅうたん爆撃で30万人以上の人がなくなっています。

その爆撃の方法は都市の周辺部から爆撃を開始して、
火災によって逃げ場をなくしてから中心部を爆撃するという、
明確な虐殺を目的としたやりかたで、
米軍爆撃戦略が日本人みなごろし作戦だったことがわかります。

戦争による唯一の被爆国である日本は、
核兵器、核戦争の本当の恐ろしさを身をもって
世界に訴えることができるのです。

イラクに自衛隊を派遣したことは明らかに憲法に違反しています。

憲法第九条で「戦力を保持しない」と明記していても、
事実上の軍隊の派遣をおこなってしまったわけです。

この上、戦争の放棄の条文を改正して、
いったいなにをやろうというのでしょうか。

それこそアメリカのお先棒担ぎ、尻ぬぐいのための改正でしかないことがはっきりわかるでしょう。

日本は、世界の平和と発展のためにも、
アメリカのお先棒担ぎになどなってはいけません。
スポンサーサイト

裏情報 |
| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。