裏 ジャーナル

テレビでは報道されない真実。インターネットで暴露します

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憲法第九条

外国人たちは憲法第九条のことを、

「戦うことよりも放棄することの方がむずかしく、勇気が要る。私たちの国も見習うべきだ」と、
よく日本の憲法は世界の人達から称賛されるそうです。

太陽アラブの国では

「日本は戦争をしない。何とすばらしい国だ」

と言われています。

歴史を振り返ると、いつも戦争が身近にあったアラブの人々にとって戦争を放棄した国はまさに「神の国」のように感じられたのでしょう。

ほとんどの国が大量殺戮である戦争を正当化する法律を持っている中、国家のレベルで「人殺したる戦争」を放棄したのは日本だけなのです。

今、その憲法第九条、「戦争の放棄」が
まさに改正されようとしています。

「戦争放棄」は昭和天皇の意志でした。

1945年終戦後、昭和天皇は連合国軍最高司令官マッカーサーに面会し、

「すべての責任は私にある。この身はどうなっても構わない。日本国民をよろしく頼む。日本が他国を侵略するような戦争は二度としない。そういう戦力も持ちたくない」

と言ったのです。

「戦争放棄」は天皇自らが口にしたものだったのです。

この時のことをマッカーサーは、

「私はその時、天皇の姿を通して神を見た」

マッカーサー大戦回顧録で回想しています。

ここに日本が平和憲法を持つことになった意志が働いています。

日本は聖なる国として復興に立ち上がるのだという高位の意志が動いたために、一億の大衆はそれを受け入れたのです。

日本に住むものは皆、この戦争放棄の崇高な精神を尊び、世界にそれを伝えていく責任があります。
日本が戦力を持たず、行使しなくても、他の国が行使すれば意味がないからです。

もし、この憲法を改ざんし、責任を放棄するならば、日本民族はとてつもない試練が訪れるでしょう。

なによりもこの憲法第9条を改正してもらいたいのはアメリカであり、そのバックの闇の権力です。

自衛権ぐらいだったら持った方がいいんじゃないかと、この言葉だけを聞けば多くの人がそう思おうでしょう。ところが集団的自衛権とは戦闘状態になったら日本も何らかの形で出動しなければならない、そういう状況を作ることになるのです。

おそらく最初の段階ではイラク派遣の場合のように人道支援などといった形で海外派遣反対派や世論の疑問を押さえ安い形態で出動するでしょう。

しかしこれは参戦することに他ならないのです。

イラクに自衛隊が派遣されたことを、アラブの人々は
「日本がアメリカに加担して参戦した」とみなしています。

アメリカは、日本軍が世界中どこにでも出動できる態勢となれば、今後中東や東ヨーロッパ、南米などで小競り合いが起ったときに、日本軍の派遣をいの一番に求めてくることが考えられます。

日本は、イラク戦争のような泥沼の戦争に引き込まれ、アメリカが勝手に始めて、収拾がつかなくなったことの尻ぬぐいを、人道支援という名目でやらされることになるでしょう。

それでも憲法第9条をわざわざ「戦争ができる条文」に改正する必要があると感じるでしょうか。

2012年の奇蹟―愛の光でアセンション / 中丸 薫
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